言語聴覚士という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
言葉を話したり聞いたりすることだけでなく、飲み込み(嚥下)にも関係する専門性の高い職業です。
本記事では、言語や嚥下に障害のある方のリハビリテーションを専門に行う言語聴覚士について詳しく解説します。
仕事内容や言語聴覚士のなり方、将来性、向いている人の特徴などを紹介します。
ぜひ参考にしてみてください。
言語聴覚士とは
食べる・話す・聞くといった基本的な機能に何らかの障害が起こったとき、低下した機能の改善を目指すのが言語聴覚士です。
日本では1960年代より言語聴覚士の必要性が認識され始め、1971年に国立聴力言語障害センター(現国立身体障害者リハビリテーションセンター)にて専門職員の養成が始まりました。
その後、少子高齢化が加速する中で、より高い専門職の育成が求められ、1997年に「言語聴覚士法」が制定され、国家資格としての言語聴覚士が法制化されました。
食べること・話すこと・聞くことのスペシャリスト
食事は生命維持に欠かせないものであり、コミュニケーションは日常生活の基盤です。
しかし、さまざまな疾患や事故、発達上の障害によって、食事や発語、聞き取りの機能が損なわれることがあります。
これらの課題に対して、言語聴覚士はさまざまなアプローチを行い、機能の改善を目指します。
言語聴覚士にしかできない専門性
嚥下や発声の支援には、まず具体的な症状を把握することから始まります。
さまざまな検査によって原因を究明し、症状に合わせたリハビリテーション計画を策定します。
嚥下や発声を司る器官は身体の部位の中でも非常に小さく、動きも微細であるため、正確な判断や機能訓練には専門的知識が欠かせません。
食事やコミュニケーション能力に即したリハビリテーションを行う言語聴覚士は、高い知識と技術を持っています。
摂食・嚥下のリハビリテーション
食べ物を咀嚼したり、飲み込んだりするための機能に障害が残ると、口からの栄養摂取が難しくなり、胃ろうなどの経管栄養に頼ることになります。
脳の障害や加齢による筋力低下によって安全な飲み込みが阻害されると、食事の楽しみが失われることでしょう。
言語聴覚士は嚥下能力の評価を行い、機能訓練による機能改善を図るとともに、飲み込みがしやすい姿勢や食形態の指導も行います。
発声・発語のリハビリテーション
疾患により、発声や発語に障害がある方のリハビリテーションも言語聴覚士は行います。
正確な発音が困難になる構音障害、声帯の異常により発声そのものができない音声障害、言葉の正確な意味が分からなくなる失語症などが対象です。
言語聴覚士はこれらの言語障害の程度や症状を検査し、それぞれの障害に応じたリハビリテーションを行います。
必要に応じて、発声だけでなく読み書きの訓練も行い、患者のコミュニケーション能力の向上に努めます。
聴覚のリハビリテーション
聴覚への異常が疑われる方に、聴覚の検査や症状の分析を行います。
必要に応じて、補聴器のフィッティングや人工内耳の手術後のリハビリテーションも言語聴覚士が担当する場合があります。
難聴の方は全国で約1,430万人と推計されており、まだまだ言語聴覚士の数は十分とはいえないのが現状です。
難聴患者の多くは高齢者であるため、急速な高齢化の中で言語聴覚士の需要はさらに高まることでしょう。
認知のリハビリテーション
認知機能とは、知覚を通して得られた情報を正確に認識するためのものです。
認知症や高次脳機能障害などによって認知機能が低下すると、正確な理解や記憶、判断などに支障をきたします。
そのため、人の話が聞こえていても内容を正しく理解できず、コミュニケーションに影響を及ぼします。
認知障害のリハビリテーションのためには、障害の程度の分析や機能訓練が必要です。
言語聴覚士は単なる聴覚の障害だけでなく、このような言語に関する認知機能のリハビリテーションを担うこともあります。
理学療法士・作業療法士との違い
言語聴覚士は、理学療法士や作業療法士と一緒にリハビリ職として一括りにされることがあります。
理学療法士や作業療法士が行うリハビリテーションは、移動や排泄、入浴などの身体機能や生活動作の障害が中心です。
言語聴覚士は話すことや食べることが専門であるため、対象となる患者や疾患が大きく異なりますが、いずれの職種も高い専門性が求められます。
言語聴覚士が扱う疾患
脳梗塞や難聴、喉頭がん、認知症などの疾患は、言語や飲み込みを司る機能にも障害を与えます。
ここでは、言語聴覚士が対象とする患者に多く見られる症状の例を紹介します。
言語障害
言語障害の代表例には構音障害と、脳の異常により言葉が出にくい、言葉の意味が理解できないといった失語症があります。
失語症は、脳出血や脳梗塞などの脳血管障害によって、大脳の言語を司る部分に障害が残ることで見られます。
話すこと自体はできるものの、言い間違いや聞き間違い、話したい言葉が思いつかないなどが主な症状です。
また、話したり聞いたりするだけでなく、読み書きにも影響することがあり、言語聴覚士は読み書きも含めたリハビリテーションを行うことがあります。
失った機能を取り戻すには、根気強くリハビリを続けることが大切です。
高次脳機能障害
高次脳機能障害は、事故や脳卒中などによって脳の機能に障害が残ることにより、注意障害や記憶障害、失行、失認、感情のコントロールの低下を引き起こすものです。
聞いた内容を理解できない、思ったように話せない、読み書きができにくいなど、失語症の症状も見られます。
記憶障害によって新しいことを覚えにくかったり、感情や行動のコントロールがうまくできないことで訓練を続けられず、リハビリの効果が得にくい疾患です。
ただ、脳の部位や障害の程度によって個人差が大きいため、本人の強みや得意な点についても着目し、必要に応じて家族への支援も行います。
音声障害
音声障害とは、声がかすれたり、声が出なくなる状態を指します。
喉のポリープや腫瘍、炎症などの異常によって発声が困難になる器質性発声障害だけでなく、心理的ショックなどで声が出なくなる機能性発声障害もあります。
音声障害の治療は、言語聴覚士による音声治療が行われます。
音声治療とは、発声時に声帯が正しく動くように訓練するものです。
原因によっては外科手術が必要になる場合もありますが、手術後のリハビリに関しては言語聴覚士が行います。
機能性発声障害も音声治療を行いますが、心理療法や抗不安薬を用いた薬物治療の併用も有効です。
構音障害
発声や発語のための器官である唇や舌、顎、鼻、喉などに何らかの障害があることで、言葉の理解には問題はないものの、発音が聞き取りにくい状態を構音障害と呼びます。
がんなどで舌や上顎の一部切除や先天的な形態異常、脳卒中やパーキンソン病による運動機能の障害などが原因となる疾患です。
構音障害の治療は、構音に関する検査によって症状を明確にし、症状に合わせて正しい発声方法の訓練や、音を作るための筋肉を鍛える訓練を行います。
手術によって欠損した部分を、補綴(ほてつ)的発音補助装置(スピーチエイド)によって補うことも支援の一つです。
嚥下障害
通常、食べ物を飲み込むときは、食べ物を喉の奥に送る動きや、喉頭の挙上、声門閉鎖(声帯のすき間を閉じる働き)などのさまざまな仕組みによって誤嚥を防いでいます。
嚥下障害とは、これらの働きが低下することで、気道を守る動きが不十分になったり、タイミングがずれたりすることによって食べ物などが気道に入ってしまう障害です。
気道を守り、誤嚥を防ぐための嚥下反射は本来無意識に行われるものですが、脳や神経の機能障害、または喉の筋力低下によってこの反射が阻害されます。
食べ物が気道に入ると、肺で細菌感染を起こし、「誤嚥性肺炎」の原因にもなります。
特に高齢者の肺炎のうち、7割以上が誤嚥性肺炎とされ、肺炎の悪化によって命に関わることもあるため、注意が必要です。
参考:厚生労働省「高齢化に伴い増加する疾患への対応について」 P5
聴覚障害
音や言葉が聞こえない、または聞こえにくい状態は聴覚障害とされます。
聴覚障害は異常のある部位によって伝音性、感音性、そして両方に障害が見られる混合性に分けられます。
外耳から鼓膜や中耳にかけての障害によって音が聞こえないものは伝音性難聴、内耳から聴神経における障害によって音がはっきり聞こえない、聞き取れないといった症状は感音性難聴です。
加齢が原因となる老人性難聴も感音性難聴に含まれます。
感音性難聴の場合は聞き取りにくい声と聞き取りやすい声があるため、話しかけるときははっきりとした発音で話すと聞き取りやすくなる場合が多いです。
言語聴覚士が活躍している主な職場
言語聴覚士が働いている場所はさまざまです。
ここでは代表的な3つについて紹介します。
病院やリハビリテーションセンターなどの医療機関
医療機関では、大学病院や総合病院の回復期病棟やリハビリテーション科、耳鼻咽喉科、口腔外科などで勤務します。
言語聴覚士が扱う疾患には脳卒中が原因となるものが多く、急性期治療を終えた患者の嚥下訓練や言語訓練が主な業務です。
その他、回復期に移行した患者が通う専門のクリニックやリハビリセンターなどにも勤務しています。
また、訪問リハビリを兼ねている場合もあり、通院が困難な患者の自宅へ訪問し、検査や機能訓練を実施することもあります。
特別養護老人ホームや介護老人保健施設などの介護施設
高齢者施設でも言語聴覚士の需要は高く、加齢による嚥下障害や認知症、失語症などに対する専門的なリハビリや改善のためのアドバイスを行います。
日常的に取り入れられる口腔体操やリハビリを兼ねたレクリエーションを担当することもあります。
老人ホームだけでなく、デイサービスなどでも言語聴覚士は活躍します。
高齢者に多い嚥下障害は誤嚥性肺炎の原因にもなり、最悪の場合命にも関わるため、言語聴覚士の存在はとても重要でしょう。
特別支援教室などの教育機関
特別支援教室に通う子どもたちの中には、発達障害や自閉症、知的障害などによって、コミュニケーションに支障をきたしている児童も含まれます。
また、先天性の脳性麻痺などによって嚥下能力が低下している児童は、他の子どもと同じものが食べられません。
言語聴覚士はこのような児童に対し、専門的な検査や評価を行い、一人ひとりに適したリハビリを実施して、機能改善や生活上のサポートを提供します。
子どもとの関わりが得意な言語聴覚士にはおすすめの職場です。
言語聴覚士になるには
言語聴覚士になるには、専門の大学や養成校に在学する必要があります。
さらに国家試験に合格して、ようやく言語聴覚士になることができます。
資格取得まで年数を要しますが、将来性や安定性の高い職種です。
国家資格の取得が必要
まずは国家試験の受験資格を得なければなりません。
言語聴覚士になるために必要な科目を履修できる大学を卒業するか、言語聴覚士養成所で1〜3年在学することで受験資格が得られます。
養成所で必要な在学期間は高卒か大卒か、指定科目を履修しているかどうかによって異なります。
どちらにしても、高校卒業後少なくとも3〜4年の勉強が必要です。
言語聴覚士の給料
厚生労働省の「令和6年賃金構造基本統計調査 一般労働者」によると、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、視能訓練士の合算区分における月給の平均は約31万1,400円でした。
看護師など医療職と比べると低く感じられるかもしれません。
言語聴覚士には夜勤がなく、職場にもよりますが、一般的にはコール対応といった非定時対応も少ないため、勤務形態を踏まえると一定の水準といえます。
ただし、金額は勤務先や個人の能力によって変化するため、あくまで参考としてください。
参照:厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査 一般労働者」
勤務時間
言語聴覚士の勤務時間は職場によって異なるため、一概には言えませんが、概ね8〜18時の間で実働8時間前後が一般的です。
看護師や介護士と違って夜勤がなく、生活リズムの変化が少ないメリットがあります。
ただ、勤務先によっては、土日が休日にならないこともあるため、就職の際は募集要項をしっかり確認しましょう。
将来性
言語聴覚士の有資格者は、約4万人といわれています。
難聴や嚥下障害など、加齢に伴って増える疾患は、超高齢社会において確実に増加しています。
言語聴覚士の重要性は、今後も増していくことでしょう。
参照:一般社団法人「日本言語聴覚士協会」
言語聴覚士の魅力
言語聴覚士の魅力は、少しずつ病状が良くなっていく患者を間近で見られることです。
機能訓練の効果は一朝一夕には出ません。
長い時間をかけてゆっくりと進めていくものです。
口から食べられなかった人が食べられるようになった、話せなかった人が話せるようになったという変化を目にしたとき、今までの苦労が実ったことを強く実感することでしょう。
患者が良くなっていくさまを日々観察できる点が、言語聴覚士のやりがいにつながっています。
言語聴覚士に向いている人の特徴
言語聴覚士に必要なのは、高い専門性だけではありません。
職業倫理を遵守し、患者に対して最善を尽くすことが求められます。
ここでは、言語聴覚士に向いている人の特徴を4つ解説します。
高い人間性
言語聴覚士には高い人間性が求められます。
発声や嚥下に障害のある方の課題を解決するために、専門的な知識と技術を用います。
しかし、知識や技術だけでなく、誰かの助けになりたいという強い気持ちが最も大切です。
言語聴覚士には守秘義務も課されます。
どのような患者に対しても公平に関わり、高い倫理観を持って職務に携わることが大切です。
忍耐力
嚥下や発声といった機能訓練は、すぐには結果が出るものではありません。
訓練自体も器官のわずかな動きを調べながら少しずつ調整を加えていくものです。
なかなか結果が出ないことに不安を感じるのは患者だけではありません。
言語聴覚士にとっても、変化が感じられないことに歯がゆい思いになることもあるでしょう。
しかし、結果が出にくいからこそ、努力を続けることが最も大切です。
途中で諦めたりせず、コツコツと続けられる忍耐力が言語聴覚士には求められます。
コミュニケーション能力
声や食事の機能を失った患者の中には、強い絶望感を抱いている方もいらっしゃいます。
長い訓練に耐えられず、諦める気持ちが強くなり、訓練を休んでしまうこともあるでしょう。
それでも言語聴覚士は諦めずに、機能の回復に向けた訓練を続けるように励まさなければなりません。
患者の意欲を最大限引き出し、目標達成に導くコミュニケーション能力が大切です。
観察力
観察力は言語聴覚士にとって特に重要なスキルといえるでしょう。
言語障害をお持ちの患者にとっては、自分の気持ちや思いを伝えることはとても困難です。
言葉だけではなく表情や声の調子などさまざまな部分を観察し、相手の考えを知る努力が求められます。
リハビリの効果においても、わずかな変化を捉え、少しずつ良くなっていることを患者にしっかり伝えることが大切です。
患者の思いを汲み取り、リハビリの効果を高めるためにも、観察力は重要なスキルといえるでしょう。
まとめ
言語聴覚士は高い専門性によって、嚥下や発声に問題のある患者に適切なリハビリテーションを提供し、機能の回復と社会復帰の実現を目指す職種です。
食べること、話すこと、聞くことのスペシャリストとして、言語障害や嚥下障害、聴覚障害、認知症などの患者の手助けを行います。
機能回復のためには、豊富な知識や技術だけではなく、高い倫理観や諦めない忍耐力、観察力も大切です。
言語聴覚士になるのは容易なことではありませんが、その専門性はこれからの超高齢社会でもさまざまな活躍の場が期待されています。
患者の機能が少しずつ回復している様子を見て、やりがいを感じられる場面も多いでしょう。

